「ええいっ、何だというのだこれは!?」
 輝く光と共に異形なる者へと変貌せし僧。その余りに奇妙な事象に、流石の柳也殿も驚きを隠せませんでした。
 その姿はさながら亀の化物という感じでしょうか……? その僧は全身を亀の如き皮膚で覆い、左腕には何やら甲羅の如きものへと変貌していました。
「高野が四神”玄武”、参る!」
 そう言い放つと、異形な姿の僧は、亀の甲羅の如き形に変貌した左腕を構えました。
 シュルルル!
 刹那、驚くべきことにその左腕が回転しながら柳也殿の方へ向かって来ました。
「ちいっ!」
 奇怪な行動に気を取られつつも、柳也殿は辛うじて回避されました。
 ガスガスッ!
「ぐはっ!」
 ですが、一度飛び去ったかに見えた甲羅は再び柳也殿の後方に向かい、隙を突かれし柳也殿はお背に傷を負われてしまいました。
「柳也殿!」
 かの頼光殿を相手にしても平然としていた柳也殿が傷を負われた。その光景が余りに信じられず、私は思わず柳也殿に近付いて行きました。
「裏葉! 我に近付くな!」
「柳也殿、されど……」
「案ずるな。この程度の傷、大したことはない。ここは我が何とかする」
 そう仰りますと、柳也殿は自らの傷を瞬時に治癒し、僧に向かって行きました。
「はああっ!!」
 柳也殿は目にも止まらぬ早さで僧に近付き、強烈な拳を突き出しました。
 ガスッ!
「何ぃ!?」
 されど、僧は先程の甲羅で柳也殿の拳を防ぎました。
「無駄だ。我が玄武の甲羅は金剛石より硬い。人の拳程度で砕けるものか!」
「面白い! ならば意地でも砕いてみせるわ!! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁぁぁ〜〜!!」
 柳也殿は、強烈な拳で何度も何度も僧の甲羅を攻撃為さいました。されど、その甲羅には傷一つ付きませんでした。
 シュルルル!
 柳也殿が拳を突き上げている最中、再び僧が左腕を回転させ、柳也殿にぶつけけ来ました。
「ぐうっ!」
 至近距離からの攻撃に流石の柳也殿も対処し切れず、回転する甲羅の威力により後方に飛ばされてしまいました。
「常人如きでは私を倒すことは叶わん。大人しく神奈様を月讀宮までお連れ戻せば、命だけは助けてやろう」
「悪いが、神奈との約束を破る気にはならんよ。それに我は常人ではないのでな」
 そう仰り、柳也殿は胸の傷を治癒致しました。
「ほう、その力、”須佐之男力すさのおのおちから”か。成程、その力を使えるということは、確かに常人ではないな。
 然るに、その力を持ってしても、我が甲羅は砕けんわ!」
 僧の言いし”須佐之男力”という名、それが柳也殿の持ちしお力の名前なのでしょうか? 何故この僧が柳也殿のお力の名を知っているのか、私は疑問を抱かずにはいられませんでした。


巻九「高野の四~」

(ちいっ、認めたくはないが、確かに我が拳では奴の拳を砕けんな……。やむを得ん、この刀を抜くか……)
 柳也殿は、躊躇いをお感じになりながらも、腰に掲げしお刀をお抜きになりました。今まで私が見た限りでは、柳也殿が刀を抜きしことはありませんでした。その柳也殿がお刀をお抜きになられるということは、それだけあの僧が強大なのでしょう。
「はぁっ!」
 柳也殿はお刀をお抜きになりますと、瞬時に僧に向かって斬り付けました。
 ガキィィィン!
 されど、柳也殿のお刀ですら甲羅を砕くことは叶わず、硬き甲羅の前にお刀の刃先が欠けてしまいました。
「フン、刀如きでは我が甲羅は砕けんわ!」
「悪いが、この刀は普通の刀ではないのでな!」
「何ぃ〜〜!?」
 驚くべきことに、刃こぼれしたと思われたお刀は、柳也殿のお身体の如く、瞬時に修復されました。
 その光景に、今まで平然としていた僧が驚きの声をあげました。
「馬鹿な!? ”天照力”あまてらすのおちからですら”命無き者”の修復は出来ぬ筈……もしや、その刀は草薙の太刀!?」
「ご名答! 然るに刀の名が分かった所でどうにもならぬ!!」
 バキバキバキバキッ!!
 柳也殿は力を込めて甲羅に斬り付け、そして甲羅をお砕きになりました。
「異形の姿をしているとはいえ、その甲羅がなくては貴様は常人に等しき者! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁぁぁ〜〜!!」
「ぬぐはっ!」
 柳也殿の激しい拳を何発も食らい、僧は大地へと平伏しました。
「ぐ、ううっ……」
「辛うじて動ける程度には手加減した。答えてもらおうか、その力が何であるか」
 柳也殿は倒れし僧にお近付きになり、姿形を変える力が何であるかお訊ねになりました。
「教えられぬな……。だが一つだけ教えてやる。私と同等の力の使い手が後三人いる。本来ならば他の方角を守護せしあやつらも、私の敗北を聞き付けて貴殿等の道を塞ぐであろうよ……」
 そう言い残し、僧は意識を失いました。
「柳也殿、まさか殺めたのではないだろうな?」
 柳也殿にお近付きになられし神奈様が、ご心配そうなご様子で柳也殿にお訊ねになられました。
「案ずるな、気を失っただけだ。この僧は恐らく神奈の母君の部下か何かであろう。他の僧ならいざ知らず、お前の母君の手の者を殺める訳にはいかんからな」
「そうか」
「然るに、この先も容易には進めそうにないな」
「何故だ?」
「こやつは最後に自分と同等の力の使い手が後三人いると言った。恐らく以前感じた気配の者達であろう」
「何だって!? こんな化物が後三人もいるっていうのか……」
 常人ではない奇怪な者がまだ三人もいる。その事実に頼信殿は多少なりとも威圧感を抱かずにいられないご様子でした。
「時に柳兄者。かの僧はその太刀を草薙の太刀と言っておったが、草薙の太刀は朝廷に返したのではなかったのか?」
 話を変え、頼信殿は柳也殿の掲げし太刀に関し訊ねて来ました。
「返すには返したよ。刀身だけ変えてな。神器は通常、天皇即位の儀式にしか使わん。故に刀身を変えても気付く奴はそうおらんと思ってな。我が興味を引いたのは刀身だった故、刀身だけあれば十分だった」
「何故だ?」
「太刀で一番重要なのは刀身だからな。何を持って草薙の太刀と言うかは、鞘を指してではなく、刀身を指してであろう。それにこの太刀は不思議に刀身の修復が我が力によって叶う。通常の太刀はそのようなことは叶わぬのでな」
 柳也殿が仰るには、柳也殿のお力は命有る者の治癒は出来ても、命無き物の修復は出来ないのだそうです。されど、柳也殿自身何故修復出来るのかは存じておりませんが、とにかく草薙の太刀は例外的に修復出来るとのことでした。
「のう、柳也殿。この先戦わずして母君の元へは行けぬであろうか?」
 神奈様が、不安げなお声で柳也殿にお訊ね致しました。
「それは叶わぬ願いであろう。他の者達も恐らく神奈の母君の勅命を忠実に守っておるだろう。ならば、戦いは避けられぬであろう」
「そうか……」
 この先も戦いが続くであろうことに、神奈様は複雑な思いのご様子です。無理もございません、立ち向かって来る者達は神奈様の母君の命に忠実なのに対し、神奈様はその忠実なる者達を押し抜けてまでも、母君の契りを破って母君に逢おうと為さっているのですから。
「苦労をかけるな、柳也殿」
「お前を母君に逢わせる為だ。この程度、苦労の内に入らんよ」
 柳也殿と神奈様、お二人の絆は徐々に頑なになられております……。その間に入りたくとも、私には既に入ることが叶わなくなっている、そんな気がしてなりません……。



「然るに柳兄者。他の三人は一体どのような化物に変化するのだ?」
 神奈様の母君の元へと赴く道中、頼信殿がそのようなことをお訊ねになりました。
「奴は自らを”玄武”と言っていた。そして現に奴の姿は亀と人とが交じり合いし者という感じだった」
「玄武か……。ということは!」
「そうだ。奴が北を守護せし玄武ということは、他の三人は東の”青龍”、西の”白虎”、そして南の”朱雀”という事になろう」
 北の玄武、東の青龍、西の白虎、南の朱雀。それは伝説における四方を守護せし四神と呼ばれし神々でございます。
 柳也殿の言から察するに、神奈様の母君の周りを、それら四神の名を冠した者達が守護しているということでしょう。
「故に奴は亀の化物へと変化したか……。柳兄者、あやつの変化がどのような行為により行われたかの目星は付いているのか?」
「うむ。これは我の推測だが、恐らくかの者の変身には式神が関わっているだろう」
「式神が?」
「然り。奴は当初式神で攻撃して来た。そして式神では勝てぬと悟ってか、変身した。その後、奴の式神の気配は感じなかった。
 この事から察するに、恐らく奴は式神と融合し姿を変えたのだ」
「何だって!?」
 式神と融合し、異形なる者へと姿を変える。それは柳也殿のご推測に過ぎませんが、それが事実なら一体どのような方法で式神と融合しているのでしょう?
「つまり他の三人はそれぞれ龍、虎、鳥の式神と融合するということか……。虎と鳥は想像が付かぬこともないが、龍の化物というのは想像も付かんな……」
 頼信殿がお悩みになられるのも無理はございません。白虎や朱雀は玄武と同様、この世に存在する生物を元としております。されど、青龍はこの世に存在せぬ生物を元としているのですから。
「悩んでいても答えは見付からんよ。実際に会ってみれば悩む間もなく正体を掴めるであろう」
「確かに」
 他の三人がどのような異形なる者へと変化するのか、それは柳也殿の仰るように実際に会えば分かることでございましょう。そう頼信殿も納得し、私達は更なる森の奥へと進んで行きました。



「柳兄者。何やらおかしな感じがせぬか? どうも普段より身体が疲れる感じがしてならぬ」
 森を進む中、ふと頼信殿が身体の疲れを訴えました。確かに私自身、普段より疲れを感じてなりません。
「ふむ。確かに通常より疲労を多く感じるな。然るに、日が殆ど入り込まず方角さえも定かではないこの森だ、普段より疲れを感じても不思議ではない」
「それはそうかも知れぬが……」
 確かに日も差し込まぬ方角さえも分からぬこの森では、感覚が狂い、より疲れを感じても不思議ではありません。私自身はこのご説明で納得出来ましたが、頼信殿は腑に落ちぬご様子です。
「だらしがないのう。余は寧ろ普段より疲れを感じぬぞ?」
「そりゃあ、神奈様は今まで柳兄者の背に乗りかかっていたからな」
「無礼な! 言葉をわきまえろ頼信! ずっと背に乗ってばかりだと柳也殿に対して申し訳ないと思い、今はこうして自らの足で歩いているだろうが!」
 頼信殿の愚痴に、神奈様は顔を真っ赤にしながら反論致しました。
「神奈よ。我達と同じ速さで歩いているにも関わらず、疲れを感じぬのか?」
 頼信殿と口争いを為さっている神奈様に、柳也殿がお訊ねになりました。
「うむ。かの関所を過ぎし辺りから感じなくなった」
「そうか。頼信、お前が疲れを感じ始めたのはいつ頃からだ?」
「それこそ、かの関所を通りすぎた頃からだ」
「やはりか……」
 私も頼信殿と同じく、かの関所を過ぎし辺りから疲れを感じ始めました。恐らく柳也殿も同じなのでしょう。
 ですが、神奈様は私達とは対照的に、関所を過ぎし辺りから疲れを感じなくなったと仰られます。これは一体どういうことなのでしょう……?
「お前達が神奈様を月讀宮より勝手に連れ出した不埒な者共か! これより先は俺が通さん!」
 そんな時、目の前に白き法衣を纏いし一人の若い僧が姿を現しました。
「柳兄者、ここは俺が防ぐ! 柳兄者は神奈様をお連れし先を急いでくれ!」
「すまぬな。この草薙の太刀はお前に一時渡しておく。これがあればお前も奴と渡り合えるであろう」
 柳也殿は草薙の太刀を頼信殿に渡すと、神奈様を急いでお背に乗せつつ森の彼方へと姿を消しになりました。
「柳也殿!」
 私は急ぎ足で柳也殿の後を追おうとしました。
「待て! 裏葉の足では柳兄者には追い付けん。この森を女一人の足で駆け抜けるのは危険極まりない。裏葉はこの俺が護る!」
「されど……」
「俺じゃあ力不足だというのか?」
「いえ、決してそのようなことではなく……」
 このままお二人で進めば、ますますお二人の絆が硬くなる。故に神奈様と柳也殿お二人だけにしたくない、その為には自分の身の危険など顧みない。それが私の本音でございました。
「ちいっ、先には進ません!」
 白き法衣の僧は、私達には目もくれず、柳也殿の後を追おうとしました。
「おおっと、そう簡単に柳兄者の後は追わせんよ!」
 柳也殿の後を追おうとした僧に、頼信殿が僧の背中に強烈な拳を突き上げました。
「ぐはぁっ!」
 バキバキ!
 その僧は数本の木々を倒しながら地面に平伏しました。
「この力、常人の者ではないな……。お前も”須佐之男力”の使い手という訳か。ならば俺も本気を出さんとな……」
 そう言いいますと、白き法衣の僧は黒き法衣の僧と似通ったような動作で、舞を踊るかの如く、腕を動かし始めました。
「変身!」
 そして眩しき光と共に異形なる者へと変化しました。その姿は身体を白き毛で覆われし虎の化物という感じでした。
「成程、その姿から察するに、貴様が”白虎”か!」
「そうだ! 高野が四神”白虎”! 言っておくが、我が爪は玄武の甲羅より破壊力があるぞ!」
「つまりお前を倒せば柳兄者の強さに追い付けるという訳か。面白い! 高野が四神白虎よ、この源頼信、必ずやお前を打ち倒してみせる!!」



「柳也殿、母君の元まであとどのくらいだ?」
 一方その頃、神奈様を背負いし柳也殿は、神奈様の母君の元に向かい、ひたすら森の中を駆け抜けておりました。
「神奈の母君らしき気配は、徐々にではあるが近くに感じるようになっておる」
「そうか」
「!?」
 その時、今まで神奈様をお背に乗せながら颯爽と駆け抜けていた柳也殿の足がピタリと止まりました。
「どうかしたのか、柳也殿?」
「四神の一人が近付いて来ておる。しかし、何だというのだ、この言い知れぬ威圧感は!?」
 その時柳也殿がお感じになられし威圧感は、今までお感じになられた事がない、圧倒的で絶対的な威圧感だったと聞きます。
「ほうほう、我が気配を感じ足を止めるとは、懸命な判断ですな」
 物静かな語りで、森の奥から青き法衣に身を纏いし老僧が姿を現しました。その老僧は何やら目が見えないようでございました。
「くっ、目も見えておらぬ老僧如きに、何故足が動かぬのだ!?」
「そなたが恐怖を感じておるのは儂にあらず、儂の式神よ」
「式神だと? 馬鹿な、式神如きにこの我が気圧されているというのか!?」
「我が式神に気圧されるのは人として当然の事。お主がどれだけの手足れでも我が式神に打ち勝つことは出来ぬ。大人しく去るのだ!」
「去らんよ。神奈との約束を果たすまでもう一歩なのだ。ここまで来て引き下がる訳にはいかんのだよ!」
 老僧の式神に気圧されし柳也殿でしたが、神奈様とのお約束を守らんが為、一歩も引き下がろうとは致しませんでした。
「ならば致し方あるまい……。人の身体に刻まれし絶対的な恐怖に苛まれながら、浄土へと旅立つが良い」
 そう言い終えると、老僧もまた舞を踊るかの如く、腕を動かし始めました。
「変身……」
 眩しき光と共に異形なる者へと変化せし老僧。その姿はこの世の何の生物の化身とも言えぬ姿でした。それは正に、伝説上の龍の化身とも言える姿でした。
「うぬぅっ……」
「どうした、神奈!?」
「怖いのだ、あの化物が……。頭の隅から身体の奥底まで、あやつに対する恐怖心で生め尽くされるかの如くに……」
 老僧の変化せし姿に、神奈様は言い知れぬ恐怖をお感じになりました。
「ぐうっ……」
 柳也殿自身、恐怖心を拭い去れず、足を一歩も動かすことが叶いませんでした。
「儂は高野が四神”青龍”……」
「青龍だと? ならば先程の式神は柳だというのか!」
「然り」
「馬鹿な、龍は架空の生物の筈!?」
 式神は動物などの魂を従わせたものだと聞きます。それならば、架空の生物である龍の式神など、本来ならば存在しない筈なのです。
「龍は確かに架空の生物。されど、龍は嘗て人が人に非ざる時、この大地を支配していた生物に対する恐怖心から生み出されしもの。我が式神はその生物よ……」
「なっ!?」
「今は無き恐怖の龍、”恐竜”。その恐竜の前では人に非ざる人はただただ恐怖に怯え、恐怖から逃れることしか叶わなかった……。
 世は無常なるもの。盛者必滅は世の理。恐竜は滅び、人に非ざるものは人となり、そして繁栄を極めた。然るに、嘗て抱きし恐竜に対する恐怖心は、人の身体の奥底に刻まれておる……。
 故に貴殿が感じている恐怖心は、人である限り絶対に拭い去ることは叶わぬのだよ……」
「ならば我は人を超える! 人を超えてその恐怖心を払い除けてみせるわ!!」
 そう仰られながら柳也殿は神奈様をお背から降ろし、恐怖心を抱えしまま青龍に立ち向かって行くのでした。



 柳也殿が青龍と相対していた頃、頼信殿と白虎との戦いは両者共に譲らぬほぼ互角の戦いを見せておりました。
「はぁっ!」
「でやっ!」
 互いに動く速さはほぼ同じ。白虎の鋭い爪に対し、頼信殿は柳也殿から預かり受けし草薙の太刀で対抗しておりました。
「はぁはぁはぁ……」
 何度か戦っている内、最初に疲れを見出したのは頼信殿でした。
(ぐうっ、やはり通常より数倍の疲れを感じる。数度交じり合っただけだというのに、一刻以上戦っている気分だ……)
 ガスッ!
「がはっ!」
 疲れが見えたことに僅かながら隙が生じ、頼信殿は胸に傷を負われてしまいました。
「そろそろ諦めろ。我が使命は神奈様を月讀宮よりお連れした不埒な者の抹殺。お前は俺が使命を与えられし人ではない。
 そこで大人しく寝ていろ。俺は俺の使命を果たさなくてはならないからな」
 そう言い、白虎は柳也殿の後を追おうとしました。
「くっ、行かせるかぁっ!」
 立ち去ろうとする白虎に向かい、頼信殿は草薙の太刀を構えて攻め入りました。
「はぁっ!」
 ガキィィン!
 草薙の太刀を勢い良く振り下ろす頼信殿。されど白虎は頼信殿の渾身の太刀を両腕の爪で防ぎました。
「止めておけ、お前如きではその太刀は扱いきれんよ」
「何ぃ!」
 バキィ!
「なっ!?」
 驚くべきことに、白虎は神器と呼ばれし草薙の太刀を真っ二つに折りました。
 ドガスッ!
「うわっ!」
 武器を折られ呆気に取られている頼信殿を、白虎は豪腕な拳で吹き飛ばしました。
 バキバキバキバキ!
 何本の木々を折りながら、頼信殿は遥か後方に吹き飛ばされました。
「これだけ痛め付ければもう立ち上がれまい」
「うおおお〜〜!!」
「何?」
 もう立ちあがって来ないだろうと思いし白虎でしたが、頼信殿は倒れることなく白虎に立ち向かって行きました。
「フン、立ち上がった所で頼みの草薙の太刀は……何ぃぃぃ!?」
 驚くべきことに頼信殿は真っ二つに折れし刀身を、見事元の形に修復したのでした。
「でやぁっ!」
 バキィィィ!
 その修復せし草薙の太刀で、頼信殿は白虎の両爪を折り砕きました。
「くっ! 爪を折られた位で! おおお〜〜!!」
 爪を折られし白虎は、渾身の拳を頼信殿に向けました。
 ドスッ。
「何ぃ!?」
 白虎の渾身の拳を、頼信殿は片手で受け止めました。
「貴様の拳など、柳兄者の拳に比べれば赤子の拳! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァ〜〜!!」
 頼信殿は白虎の拳を弾き、そして素早く力強い拳を何発も白虎にぶつけました。
「ぐふっ!」
 目にも止まらぬ拳の連打に、白虎は気を失い大地へと平伏しました。
「やった、やったぞ。四神の一人を打ち倒した……。これで柳兄者に一歩近付けた……」
 ドサッ
 そう歓喜の声をあげながら、満足げな顔で頼信殿は大地へと倒れ込みました。



「頼信殿、大丈夫でございますか?」
 大地へと倒れ込みし頼信殿に、私は近付きました。
「ああ、何とかな……。然るに裏葉よ、そなたはあれだけの戦いが行われていたというのに、この戦場から一歩も逃げずにいたな。女であるというのに大したものだな」
「もし私が逃げ出そうと思っていましたなら、柳也殿が玄武と戦っておられし時に逃げ出していたことでしょう。この先少なからず戦いが待ち受けているのは覚悟の上です」
「美しき外見の中にも気丈な精神を供えておるな。良い女だ……」
 そう仰られますと、頼信殿は私を包み込むように抱き締めました。
「な、何を為さるのです、頼信殿……!」
「そなたが好きだ。あの時初めて森で出逢った時から好意を抱いていた……。
 裏葉よ、俺の妻にならないか? 俺には既に妻も子もいるが、妻子を捨ててもそなたを俺の妻にしたい!」
「なりませぬ! 既に妻子があるというのに私を妻として迎えるのは……」
「俺は由緒正しき源氏の子だ。家柄は決して悪くはない。それでも駄目だというのか?」
「私は頼信殿に親しみを感じてはおります。されど、それは貴方が柳也殿の従兄弟であるからです」
 我が愛する君の従兄弟故、頼信殿には親しみを感じる。されど、それ以上の感情を頼信殿には持ち合わせておりません。私が愛する殿方はこの世で只一人、柳也殿だけなのですから……。
「そうか……。やはりそなたは柳兄者に好意を抱いておるのだな。そうでなければ共に旅をせぬだろうからな」
「はい。私は柳也様を愛しております。他の誰よりも……」
 私の柳也殿に対する愛情は、十五年前のあの時から抱きしものです。柳也殿が親王殿下であると分かり、己との身分の確執に悩むことはあっても、柳也殿に対する愛情に変わりはありません。
「然るに、柳兄者は神奈様を妻として迎えると公言したと言っても過言ではない。当の神奈様もそれを拒んでいる様子はない。例えそなたが柳也殿を愛していたとしても正妻にはなれぬであろうよ」
「それはそうですが……。ですが、私の柳也殿に対する愛は、神奈様よりも深く強い筈です!」
 神奈様は柳也殿とお会いして数ヶ月も経っておりません。そのような神奈様とは違い、私の想いは十五年の月日を重ねているのです。そう――私の柳也殿に対する愛情は神奈様よりも深く強い筈……。
「柳兄者は決して正妻としてそなたを迎え入れてはくれぬだろう。だが俺は君を正妻として迎え入れる覚悟があるのだ! それでも尚裏葉は柳也殿を愛し続けるというのか!?」
「ええ! 例え本妻となることが叶わなくても、側室として神奈様以上に柳也殿を愛してみせますわ!!」
「そうか、側室となっても柳兄者を愛してみせるか……。そなたの柳兄者に対する愛は本物であろうな。俺の入る余地はないか……」
 それは私自身も同じです……。柳也殿と神奈様の間に私が入る余地などないでしょう。それでも私は柳也殿を愛し続けるでしょう。
 ならばきっと、頼信殿も入る余地がないと分かりつつも、私を愛し続けるのでしょう……。

巻九完


※後書き

 前回とは対照的に、今回の更新はそんなに間がなかったですね。
 さて、完全な趣味で四神の姿に変身する僧と戦う羽目になったのですが(笑)、やはり戦闘シーンの描写は下手としかいいようがないですね。戦闘シーンを書くのは好きなのですが、上手く書くのは難しいですね。
 ちなみに、白虎と青龍は、青龍の方が知徳殿で、白虎の方は原作で柳也達を知徳の元へ案内した僧という設定です。まあ、あくまで設定で、立場とかは原作と全然違いますけどね。
 四神で出ていないのは朱雀だけなのですが、この朱雀がこれから先の物語に影響を与えるキャラクターとなります。それが誰かは次週ということで。
 それと、最後で頼信が裏葉に告白していますが、ちょっと強引な流れですね(笑)。ただ、頼信が裏葉を好きだという設定が後々の「Kanon傳」やら「たいき行」に影響を与えているので、外せない設定なのですよね。

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